アスピリン喘息とアセトアミノフェン安全性

アスピリン喘息とアセトアミノフェン使用

アスピリン喘息におけるアセトアミノフェン使用のポイント
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従来の安全性評価

アセトアミノフェンはCOX-1阻害作用が弱いため、アスピリン喘息患者に安全とされてきた

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新たな知見とリスク

高用量投与で約34%の患者に呼吸機能低下が報告され、使用量制限が必要

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推奨用量の変更

日本人患者では1回300mg以下の投与が推奨される安全基準

アスピリン喘息の病態とメカニズム

アスピリン喘息(NSAIDs過敏喘息、AERD/N-ERD)は、成人気管支喘息の約5〜10%を占める重要な病型です 。本疾患は、アスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)のシクロオキシゲナーゼ(COX-1)阻害作用により、システィニルロイコトリエン(CysLT)の過剰産生と内因性プロスタグランジンE2(PGE2)の減少を引き起こし、急激な喘息発作を誘発する非アレルギー性の過敏症です 。

参考)https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1b07.pdf

発症機序では、COX-1阻害により抗炎症性メディエーターであるPGE2が減少し、マスト細胞の活性化を通じてロイコトリエンC4、D4、E4の過剰産生が生じます 。これらのメディエーターが気道収縮、血管透過性亢進、鼻粘膜腫脹を引き起こし、特徴的な症状である鼻閉、鼻汁に続く喘息発作が発現します 。

参考)https://pharmacist.m3.com/column/special_feature/4788

本疾患の特徴として、鼻茸を伴う好酸球性副鼻腔炎をほぼ全例で合併し、嗅覚低下が早期から生じやすいことが挙げられます 。また、20〜40歳代の女性に多く発症し、重症喘息の割合が高いという疫学的特徴があります 。

参考)NSAIDs過敏喘息(アスピリン喘息)について~喘息の方が解…

アセトアミノフェン従来の安全性評価

アセトアミノフェンは長年にわたり、アスピリン喘息患者に対する安全な解熱鎮痛薬として位置づけられてきました 。この安全性の根拠は、アセトアミノフェンのCOX阻害作用が弱く、特にCOX-1に対する阻害活性が低いことにありました 。

参考)解熱鎮痛剤「アセトアミノフェン」は、なぜ子どもや妊婦さんにも…

従来のエビデンスでは、アセトアミノフェンは胃腸障害や腎障害などのNSAIDsに特有の副作用が起こりにくく、インフルエンザ脳症のリスクも認められないため、小児から妊婦まで幅広く使用可能な薬剤として評価されていました 。さらに、100年以上の使用実績により安全性が確立されているとされ、アスピリン喘息患者の第一選択薬として推奨されてきました 。

参考)アスピリン喘息・札幌市西区の内科・呼吸器科・医院・はねだ内科

厚生労働省の重篤副作用疾患別対応マニュアルにおいても、アセトアミノフェンとセレコキシブは、アスピリン喘息患者に使用可能な薬剤として実際的な対応策に含まれていました 。このような背景から、医療現場では「アセトアミノフェンは絶対安全」という認識が広まっていました。

参考)Column アスピリン喘息患者への鎮痛薬の投与|歯科におけ…

アセトアミノフェン高用量投与における新知見

近年の研究により、アセトアミノフェンの安全性に関して重要な見直しが行われています。米国におけるN-ERD患者への負荷試験では、1,000〜1,500mg/回の投与で34%の患者に呼吸機能低下が認められたという衝撃的な報告がなされました 。
この新たな知見を受けて、欧米では500mg/回が推奨用量として設定され、日本人患者に対しては体格差を考慮して300mg/回以下とすべきとの見解が示されました 。これらの用量制限は、アセトアミノフェンが完全に安全な薬剤ではないことを示す重要な転換点となりました。
2023年には、厚生労働省による添付文書改訂が実施され、「アスピリン喘息またはその既往歴のある患者に対する1回あたりの最大用量はアセトアミノフェンとして300mg以下とする」旨が新たに記載されました 。同時に、禁忌項目からアスピリン喘息が削除され、慎重投与への変更がなされた薬剤も存在します 。

参考)アセトアミノフェンを含有する多くの解熱鎮痛剤、禁忌であった消…

アスピリン喘息における薬物選択指針

アスピリン喘息患者における解熱鎮痛薬の選択は、COX-1阻害作用の強さに基づいて判断されます 。第一選択薬として、アセトアミノフェン300mg以下/回、または選択的COX-2阻害薬であるセレコキシブが推奨されています 。

参考)https://clinicplus.health/pulmonary/01ytfw6m/

セレコキシブに関しては、COX-2選択的阻害薬のため倍量投与でもN-ERDで喘息発作が起きないことが確認されており、国際的なタスクフォースメンバーからも安全性が提言されています 。ただし、添付文書上はアスピリン喘息に禁忌と記載されているため、処方は主治医の責任において行われる必要があります 。
塩基性抗炎症薬であるソランタールも、COX-1阻害作用が弱いため常用量では経験的に発作を誘発しないと考えられており、選択肢の一つとして挙げられます 。一方、すべてのCOX-1阻害作用を持つNSAIDsは、内服薬、坐薬、注射薬、貼付薬、塗布薬、点眼薬を問わず禁忌とされています 。

アセトアミノフェン使用時の実際的注意点

アセトアミノフェンをアスピリン喘息患者に使用する際は、複数の重要な注意点を遵守する必要があります。最も基本的な原則は、1回投与量を300mg以下に制限することです 。この用量制限により、大部分の患者で安全性が確保されると考えられています。
複数のアセトアミノフェン含有製剤の同時使用にも注意が必要です 。市販薬を含め100種類以上の薬剤にアセトアミノフェンが含まれているため、知らずに過量摂取となるリスクがあります 。特に小児では、解熱や痛みに対して親が複数の薬剤を同時に使用することで、意図しない過量投与が生じる可能性があります 。

参考)アセトアミノフェン中毒 – 25. 外傷と中毒 – MSDマ…

トアラセット配合錠などのアセトアミノフェン合剤については、1回1錠であれば使用可能とされていますが、成分量を正確に把握して総投与量を管理することが重要です 。また、患者教育として、すべての医療機関や薬局でアスピリン喘息であることを申告し、患者カードの提示を徹底する必要があります 。

参考)https://kirishima-mc.jp/data/wp-content/uploads/2023/10/No314-%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%96%98%E6%81%AF%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf

新ガイドライン時代の臨床対応戦略

2023年の添付文書改訂を受けて、アスピリン喘息患者への臨床対応にパラダイムシフトが生じています。従来の「禁忌」から「慎重投与」への変更により、医療現場では新たな判断基準が求められています 。
実臨床においては、アセトアミノフェン投与前の患者状態評価が重要となります 。喘息のコントロール状態が不良な患者や重篤な発作を繰り返している症例では、アセトアミノフェンであってもより慎重な対応が必要です 。また、初回投与時は医療機関での観察下で行い、患者の反応を確認することが望ましいとされています。
患者への説明においては、「アセトアミノフェンは相対的に安全だが完全ではない」という正確な情報提供が必要です 。用量制限の重要性、他剤との併用時の注意点、症状出現時の対応方法について十分な教育を行う必要があります 。
さらに、医療連携の観点から、他科受診時や救急受診時における情報共有体制の整備が重要です 。患者カードの携帯徹底、電子カルテでの情報共有、薬局との連携により、適切な薬物療法の継続を図ることが求められています。