アポトーシスとネクローシスの違いと分子機構

アポトーシスとネクローシスの基本概念

アポトーシスとネクローシスの基本概念
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プログラムされた細胞死

アポトーシスは遺伝子に制御された能動的細胞死

偶発的細胞死

ネクローシスは外的要因による受動的細胞死

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臨床的重要性

両者の区別は病態理解と治療方針決定に必須


細胞死には大きく分けて二つの異なるメカニズムが存在します。アポトーシス(apoptosis)は「プログラム細胞死」とも呼ばれ、遺伝子的にプログラムされた能動的な細胞死を指します 。一方、ネクローシス(necrosis)は虚血、低酸素、外傷、感染、毒素などの物理的・化学的・生物学的環境要因により、細胞に不可逆的な障害が生じて起こる受動的な細胞死です 。

参考)循環器用語ハンドブック(WEB版) アポトーシス

アポトーシスは正常な発生過程や組織の恒常性維持に必須の生理的現象であり、適切に制御されています 。発生過程における形態形成、免疫系の自己寛容獲得、老化細胞の除去、がん化した細胞の排除などに重要な役割を果たします 。対照的に、ネクローシスは予期しない細胞死であり、病的状態で発生することが多く、周辺組織への悪影響を伴います 。

参考)アポトーシス(apoptosis)とは?ネクローシスとの違い…

アポトーシスの形態学的特徴と分子マーカー

アポトーシスには特徴的な形態学的変化が観察されます。細胞の収縮から始まり、核クロマチンの凝集・断片化、細胞膜の膨隆(ブレッビング)、最終的にはアポトーシス小体の形成が起こります 。核内では半月状のクロマチン凝集が特徴的に観察され、細胞全体のサイズが縮小します 。

参考)http://www.020329.com/x-ray/bougo/contents/chapter3/3-1-ref07.html

分子レベルでは、DNAのヌクレオソーム単位での断片化が特徴的で、電気泳動ではDNA ladderとして検出されます 。この現象はTUNEL法(terminal deoxynucleotidyl transferase-mediated dUTP in situ nick end labeling)による組織切片上でのDNA断片化検出に応用されています 。
アポトーシス小体は近くのマクロファージに速やかに貪食されるため、炎症反応は引き起こされません 。これは組織の恒常性維持において極めて重要な特徴です。

ネクローシスの病理学的特徴と炎症反応

ネクローシスでは、細胞全体が膨張し細胞膜が薄くなり、最終的には細胞膜が破裂して細胞が崩壊します 。この過程で、細胞内容物が細胞外に放出され、強い炎症反応が引き起こされます 。

参考)アポトーシス・ネクローシス

ミトコンドリアが膨化し、細胞が膨潤した後、ミトコンドリアが破裂して細胞融解が起こります 。この細胞融解により、細胞内に含まれていたあらゆる物質が周囲にまき散らされ、これらの物質がDAMPs(danger-associated molecular patterns)として作用し、炎症反応を誘発します 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8418153/

炎症が起こると、周辺の健康な細胞にもダメージを与える可能性があり、「他を巻き込む死」として特徴づけられます 。脳梗塞や心筋梗塞などの虚血性疾患、ウイルス感染などでネクローシスが観察されます 。

アポトーシスのカスパーゼ依存性経路

アポトーシスの実行において、カスパーゼ(caspase)と呼ばれるシステインプロテアーゼが中心的な役割を果たします 。カスパーゼファミリーには、イニシエーターカスパーゼ(Caspase-2、-8、-9、-10、-11、-12など)とエフェクターカスパーゼ(Caspase-3、-6、-7など)が存在します 。

参考)https://www.cellsignal.jp/pathways/regulation-of-apoptosis-pathway

アポトーシス誘導には主に二つの経路があります。外因性経路では、FasリガンドやTNF-αなどの細胞死リガンドが細胞表面受容体に結合し、Caspase-8またはCaspase-10を活性化します 。内因性ミトコンドリア経路では、細胞ストレスやDNA損傷により、ミトコンドリアからシトクロムcが放出され、Apaf-1、Caspase-9と複合体(Apoptosome)を形成してCaspase-9を活性化します 。
活性化されたイニシエーターカスパーゼは、下流のエフェクターカスパーゼを切断・活性化し、これらのエフェクターカスパーゼが数百の細胞内標的タンパク質を切断することで、アポトーシスの特徴的な形態変化を引き起こします 。

がん抑制遺伝子p53とアポトーシス制御機構

がん抑制遺伝子p53は「ゲノムの守護者」として知られ、アポトーシスの重要な制御因子です 。p53はDNA損傷、酸化ストレス、がん遺伝子の異常活性化などの異常シグナルを検知すると、DNA修復、細胞周期停止、アポトーシスなどの適切な細胞応答を誘導します 。

参考)がん抑制遺伝子p53の新しい制御機構を発見

p53によるアポトーシス誘導では、p53が転写因子として機能し、Bax、Bak、PUMAなどのアポトーシス促進遺伝子の転写を活性化します 。これらの遺伝子産物はミトコンドリア外膜を透過性化し、シトクロムc放出を促進してアポトーシスを実行します 。

参考)がん抑制遺伝子p53の新しい制御機構を発見(がんの病因解明と…

興味深いことに、p53の活性は厳密に制御されており、CHD8などのクロマチンリモデリング因子がp53の過剰な活性化を抑制する機構も存在します 。CHD8はクロマチン上でp53に結合し、ヒストンH1を呼び込むことで染色体構造を変化させ、p53の転写活性を抑制します 。この「抗p53最終抑制機構」により、p53の暴走による有害なアポトーシスが防がれています。

ネクロプトーシス:プログラムされたネクローシス

近年の研究により、従来の分類に加えて「ネクロプトーシス(necroptosis)」という新しい細胞死の概念が確立されました 。ネクロプトーシスは、アポトーシスが阻害された状況で起こるプログラムされた細胞死で、形態的にはネクローシスに類似していながら、分子機構的には制御された細胞死です 。

参考)https://downloads.hindawi.com/journals/bmri/2021/3420168.pdf

ネクロプトーシスは、TNF受容体1(TNFR1)、TNFR2、Fasなどの死受容体によって開始されます 。アポトーシスが阻害されると、RIPK1(receptor-interacting serine/threonine protein kinase 1)、RIPK3、MLKL(mixed lineage kinase domain-like protein)という三つの主要な下流メディエーターが活性化します 。

参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1002/mco2.108

この経路の活性化により、最終的に細胞膜の完全性が破壊され、細胞内小器官の膨潤と強い炎症反応が引き起こされます 。ネクロプトーシスは、ウイルス感染時にアポトーシスが阻害された場合の細胞の自己破壊機構として機能し、ウイルスの複製を制限する役割があると考えられています 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8706757/