HbA1c グリコヘモグロビンと血糖値の関係性を解説

HbA1cとグリコヘモグロビンの基礎知識

HbA1cの基本情報
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定義

ヘモグロビンに血糖(ブドウ糖)が結合した糖化タンパク質

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測定意義

過去1〜2ヶ月の平均血糖値を反映する重要な指標

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正常値

5.5%以下(日本人間ドック・予防医療学会基準)

HbA1cとは何か?基本的な定義と特徴

HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)とは、血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンに血糖(ブドウ糖)が結合した状態を指します。正式には「糖化ヘモグロビン」または「グリコヘモグロビン」とも呼ばれています。

ヘモグロビンは赤血球内のタンパク質で、全身に酸素を運搬する重要な役割を担っています。血液中のブドウ糖濃度が高い状態が続くと、このヘモグロビンにブドウ糖が非酵素的に結合し、糖化ヘモグロビン(HbA1c)が形成されます。

HbA1cの特徴として最も重要なのは、一度糖化したヘモグロビンは赤血球の寿命(約120日)が尽きるまで元に戻らないという点です。このため、HbA1cの値は過去1〜2ヶ月の平均的な血糖状態を反映する指標として非常に有用です。

血糖値は食事や運動、ストレスなどによって日内変動が大きいのに対し、HbA1cは短期的な変動に影響されにくく、より長期的な血糖コントロールの状態を評価できます。そのため、糖尿病の診断や治療効果の判定に広く用いられています。

HbA1cの測定原理と検査方法について

HbA1cの測定には主に3つの方法があります。それぞれ原理や精度、コストが異なるため、医療機関によって採用している方法が異なることがあります。

  1. HPLC法(高速液体クロマトグラフィー法)
    • 最も高精度な測定方法で、大学病院などの大規模医療機関で採用
    • カラムと呼ばれる装置に高圧で検体を流し、分子の大きさと荷電状態に応じて血液成分を分離
    • 精度:真値に対して±1%未満の誤差
    • 機器の購入価格が高額(免疫法の10倍以上)
  2. 免疫法
    • 抗体を用いた免疫化学的手法で計測
    • クリニックなどの小規模医療機関で多く採用
    • 精度:真値に対して±20%程度の誤差があり得る
    • 比較的安価な簡易測定器で測定可能
  3. 酵素法
    • HbA1cの糖化部分を2種類の酵素で切り出して測定
    • 健診センターや外注検査会社で多く採用
    • HPLC法と比較して平均0.1%程度低い値で表示される傾向

検査自体は通常の採血で行われ、空腹時でなくても測定可能です。測定結果は全ヘモグロビン量に対するグリコヘモグロビン量の割合をパーセント(%)で表します。

HbA1cの正常値と糖尿病診断基準

HbA1cの値は糖尿病の診断や血糖コントロールの評価に重要な指標となります。日本における一般的な基準値は以下の通りです。

区分 HbA1c値(NGSP値) 評価
正常値 5.5%以下 問題なし
要注意(正常高値) 5.6〜5.9% 生活習慣の見直しが必要
境界型(糖尿病予備群) 6.0〜6.4% 糖尿病が否定できない
糖尿病型 6.5%以上 糖尿病の可能性が高い

糖尿病の診断には、HbA1c値だけでなく、空腹時血糖値や75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)の結果、糖尿病の症状の有無なども考慮されます。具体的には、以下のいずれかの条件を満たす場合に糖尿病と診断されます。

  1. 空腹時血糖値が126mg/dL以上
  2. 75g経口ブドウ糖負荷試験の2時間値が200mg/dL以上
  3. 随時血糖値が200mg/dL以上かつ糖尿病の典型的な症状がある
  4. HbA1c値が6.5%以上

ただし、1回の検査だけでは診断せず、別の日に再検査を行い、上記の基準を再び満たした場合に糖尿病と確定診断されます。

糖尿病と診断された後は、合併症予防のために、HbA1c値を7.0%未満に維持することが推奨されています。特に高齢者や合併症のある患者さんでは、個々の状況に応じた目標値が設定されることもあります。

HbA1cとグリコアルブミン(GA)の違いと使い分け

血糖コントロールの指標としては、HbA1c以外にもグリコアルブミン(GA)という検査があります。両者は似た原理ですが、反映する期間や特性に違いがあります。

HbA1cとグリコアルブミンの比較

項目 HbA1c グリコアルブミン(GA)
反映期間 過去1〜2ヶ月(約120日) 過去2〜3週間(約17日)
基となるタンパク質 赤血球中のヘモグロビン 血清中のアルブミン
半減期 約120日(赤血球の寿命) 約17日(アルブミンの半減期)
特徴 長期的な血糖コントロールの指標 比較的短期間の血糖変動を反映
主な用途 糖尿病の診断、安定期の血糖管理 治療開始・変更時の効果確認

グリコアルブミンは、アルブミンの半減期が約17日と短いため、HbA1cよりも早く血糖コントロールの変化を反映します。そのため、以下のような場合にはグリコアルブミンの測定が有用です。

  1. 糖尿病治療を開始したばかりの患者
  2. 治療内容を変更した直後の効果確認
  3. 不安定型糖尿病など血糖変動が大きい場合
  4. 妊娠糖尿病など厳密な血糖コントロールが必要な場合
  5. 貧血や腎不全などHbA1cが正確に測定できない場合

一般的に、安定した血糖コントロールが得られている患者では、HbA1cが約3倍のグリコアルブミン値を示します(例:HbA1c 7%の場合、GAは約21%)。しかし、血糖値が変動している場合は、両者の値に乖離が生じることがあります。

血糖コントロールの改善や悪化に対して、グリコアルブミンはHbA1cよりも早く変化するため、治療効果の早期判定に役立ちます。一方、HbA1cは長期的な血糖コントロールの指標として安定しているため、糖尿病の診断や長期管理に適しています。

HbA1cの測定に影響を与える因子と注意点

HbA1cは血糖コントロールの重要な指標ですが、いくつかの要因によって実際の血糖状態を正確に反映しないことがあります。これらの影響因子を理解することは、検査結果を正しく解釈するために重要です。

HbA1c値が低く出る可能性がある状態:

  1. 溶血性貧血
    • 赤血球の寿命が短縮するため、糖化する期間が短くなる
    • 実際の血糖値よりもHbA1cが低く測定される
  2. 出血や輸血後
    • 急性出血や輸血により赤血球の年齢分布が変化
    • 特に輸血後は供血者のHbA1cの影響を受ける
  3. 腎不全や透析患者
  4. 妊娠後期
    • 赤血球量の増加と赤血球寿命の短縮
    • 胎盤からのインスリナーゼの分泌による血糖変動
  5. 鉄欠乏性貧血の治療中
    • 治療により若い赤血球(網状赤血球)が増加
    • 糖化される期間が短いため値が低下

HbA1c値が高く出る可能性がある状態:

  1. 鉄欠乏性貧血
    • 赤血球寿命の延長により糖化期間が長くなる
    • 実際の血糖値よりもHbA1cが高く測定される
  2. 脾臓摘出後
    • 赤血球の寿命が延長する
    • 糖化される期間が長くなり値が上昇
  3. アルコール多飲
    • アセトアルデヒドによるヘモグロビンの修飾
    • HbA1cの偽高値を示すことがある
  4. ビリルビン血症
    • 測定法によっては干渉を受ける
    • 特に免疫法で影響を受けやすい
  5. 変異ヘモグロビン
    • 遺伝的なヘモグロビン異常
    • 測定法によって高値または低値を示す

これらの状態がある患者では、HbA1cだけでなく、血糖値の自己測定(SMBG)や持続血糖モニタリング(CGM)、グリコアルブミン(GA)などの他の指標と組み合わせて評価することが重要です。

また、測定方法によっても結果に差が生じることがあります。前述のように、HPLC法、免疫法、酵素法では精度や特性が異なるため、同じ患者でも測定法が変わると値が変動することがあります。特に医療機関を変更した場合などは、この点に注意が必要です。

HbA1cの国際標準化と日本の測定値の変遷

HbA1cの測定値は、以前は国や地域によって異なる基準で報告されていました。これにより国際的な研究データの比較や、海外の診療ガイドラインの適用が困難でした。この問題を解決するために、HbA1cの国際標準化が進められてきました。

日本におけるHbA1c測定値の変遷

日本では長年、Japan Diabetes Society(JDS)値という独自の基準でHbA1cを報告していました。しかし、2012年4月からは国際標準であるNational Glycohemoglobin Standardization Program(NGSP)値に移行しました。

JDS値からNGSP値への換算式は以下の通りです。

HbA1c(NGSP)値 = HbA1c(JDS)値 + 0.4%

例えば、旧基準のJDS値で6.1%だった場合、NGSP値では6.5%となります。この差は糖尿病の診断基準に大きく影響します。旧基準では糖尿病型の基準がHbA1c(JDS) 6.1%以上でしたが、新基準ではHbA1c(NGSP) 6.5%以上となりました。

現在では、日本でもNGSP値が標準となっていますが、移行期には混乱を避けるため、多くの医療機関で両方の値を併記していました。現在でも一部の検査結果では、参考値としてJDS値が併記されていることがあります。

国際的なHbA1c基準の種類

世界的には主に以下の3つの基準があります。

  1. NGSP値(%)
    • 米国を中心に広く使用されている
    • 日本を含む多くの国で採用
    • パーセント(%)で表示
  2. IFCC値(mmol/mol)
    • International Federation of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine
    • 科学的に正確な測定法に基づく
    • ミリモル/モル(mmol/mol)で表示
  3. eAG(推定平均血糖値)
    • HbA1cから推定される平均血糖値
    • mg/dLまたはmmol/Lで表示
    • 患者の理解を助けるために使用されることがある

NGSP値とIFCC値の間には以下の換算式があります。

IFCC値(mmol/mol) = [NGSP値(%) - 2.15] × 10.929

NGSP値(%) = [IFCC値(mmol/mol) ÷ 10.929] + 2.15

例えば、HbA1c(NGSP) 7.0%は、IFCC値では53 mmol/molに相当します。

国際標準化により、世界中の研究データの比較や診療ガイドラインの適用が容易になりました。ただし、異なる基準の報告書を見る際には、どの基準で表記されているかを確認することが重要です。

HbA1cと糖尿病合併症リスクの関連性

HbA1cの値は単なる数値ではなく、糖尿病合併症のリスクと密接に関連しています。大規模臨床研究により、HbA1cの値が高いほど合併症のリスクが高まることが明らかになっています。

HbA1cと主な合併症リスクの関係

  1. 細小血管合併症
    • 網膜症:HbA1cが1%上昇するごとに発症リスクが約35%増加
    • 腎症:HbA1cが1%上昇するごとに発症リスクが約25-30%増加
    • 神経障害:HbA1cが1%上昇するごとに発症リスクが約20-25%増加
  2. 大血管合併症
    • 心筋梗塞:HbA1cが1%上昇するごとに発症リスクが約15-