ESR 赤沈とは炎症の指標
赤血球沈降速度(ESR: erythrocyte sedimentation rate)は、血液検査の中でも最も古くから用いられている検査の一つです。「血沈(けっちん)」または「赤沈(せきちん)」とも呼ばれ、体内の炎症状態を評価するための重要な指標となっています。
ESRは、その名の通り血液中の赤血球が試験管内を沈むスピード(速度)を測定する検査です。通常、赤血球同士は表面の電荷により反発し合い、ゆっくりと沈降します。しかし、体内で炎症が起きると、フィブリノーゲンや免疫グロブリンなどの血漿タンパク質が増加し、赤血球が凝集して沈みやすくなります。
つまり、赤血球の沈降速度が速い(ESRが亢進している)ほど、体内の炎症が強いと判断できるのです。CRP(C反応性タンパク)と並んで、最も代表的な炎症マーカーとして臨床現場で広く活用されています。
ESR 赤沈の基準値と正常範囲
赤血球沈降速度(ESR)の基準値は性別や年齢によって異なります。一般的な基準値は以下の通りです。
- 成人男性: 2~10mm/時間
- 成人女性: 3~15mm/時間
- 高齢者(60歳以上): 10~20mm/時間
また、年齢を考慮した簡易的な計算式もあります。
- 男性の場合: 年齢÷2
- 女性の場合: (年齢+10)÷2
これらの値より高い場合は「赤沈の促進」、低い場合は「赤沈の遅延」と表現されます。ただし、個人差があり、特に異常がなくても常に基準値より高めや低めの値を示す方もいます。
ESRの値は単独で診断に用いられるものではなく、他の検査結果や臨床症状と合わせて総合的に判断されます。また、妊娠中の女性では生理的に高値を示すことがあるため、解釈には注意が必要です。
ESR 赤沈が高値を示す疾患と原因
赤血球沈降速度(ESR)が基準値より高い(促進している)場合、様々な疾患や病態が考えられます。ESRの上昇度合いによって、考えられる疾患も異なります。
50mm/時間以下の上昇
- 急性・慢性感染症
- 軽度の炎症性疾患
- 初期段階の悪性腫瘍
- 軽度の貧血
50~100mm/時間の上昇
- 結核
- 敗血症
- 肺炎・胸膜炎などの重症感染症
- 関節リウマチ
- 全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病
100mm/時間以上の著しい上昇
- 多発性骨髄腫
- 原発性マクログロブリン血症
- 重度の炎症性疾患
- 高度の貧血
ESRが高値を示す主な要因としては、以下が挙げられます。
- フィブリノーゲン・グロブリンの増加
- アルブミンの減少
- 循環血漿量の増加
- 貧血の存在
特に貧血の影響は大きく、炎症がなくても貧血だけでESRが上昇することがあるため、解釈には注意が必要です。
ESR 赤沈が低値を示す病態と意味
赤血球沈降速度(ESR)が基準値より低い(遅延している)場合は、比較的少ないですが、いくつかの重要な病態が考えられます。
- 多血症: 赤血球数が増加し、血液の粘度が上がることでESRが低下します
- 播種性血管内凝固症候群(DIC): 血液凝固系の異常により、フィブリノーゲンが消費されてESRが低下します
- 低フィブリノーゲン血症: 先天的または後天的な要因でフィブリノーゲンが減少し、ESRが低下します
- 白血球増加症: 白血球が著しく増加することで、赤血球の沈降が妨げられます
- 血漿タンパク質の減少: 重度の肝不全や栄養失調などで血漿タンパク質が減少し、ESRが低下します
- 鎌状赤血球貧血: 赤血球の形態異常により沈降速度が変化します
- 高度悪液質: 重度の消耗状態でESRが低下することがあります
ESRの低値は、高値に比べて臨床的に注目されることが少ないですが、特にDICのような緊急性の高い病態を示唆することもあるため、無視すべきではありません。
ESR 赤沈とCRPの関係と解離現象
赤血球沈降速度(ESR)とCRP(C反応性タンパク)は、ともに炎症マーカーとして広く用いられていますが、それぞれ異なる特性を持っています。
ESRとCRPの特性比較
特性 | ESR(赤沈) | CRP |
---|---|---|
反応速度 | 遅い(24~48時間) | 速い(6~8時間) |
回復時の正常化 | 遅い | 速い |
特異性 | 低い | 比較的高い |
影響因子 | 年齢、性別、貧血、妊娠など | 比較的少ない |
通常、ESRとCRPは相関して上昇しますが、時に「解離現象」と呼ばれる状態が生じることがあります。これは診断の重要な手がかりとなることがあります。
CRP<ESRとなる場合(ESRが相対的に高い)
- 全身性エリテマトーデス(SLE)
- シェーグレン症候群
- 高度の貧血
- 高γグロブリン血症
- 多発性骨髄腫
CRP>ESRとなる場合(CRPが相対的に高い)
- 播種性血管内凝固症候群(DIC)
- 低γグロブリン血症
- 多血症
- 細菌感染症の初期段階
特に、ESRが100以上に亢進しているのにCRPが正常か軽度上昇(0.8程度)というような著しい解離が見られる場合は、全身性エリテマトーデス(SLE)やシェーグレン症候群、多発性骨髄腫などを疑う重要な手がかりとなります。
ESR 赤沈の測定方法とウエスタグレン法
赤血球沈降速度(ESR)の測定には、国際的に標準とされているウエスタグレン法(Westergren法)が用いられます。この方法は1921年にロバート・ファーレウス(Robin Fåhræus)によって開発され、その後アルフ・ウエスタグレン(Alf Westergren)によって改良されました。
ウエスタグレン法の手順
- 血液1.6mlに対して抗凝固剤のクエン酸ナトリウムを0.4mlの割合で混合します
- この混合液を内径2.5mm、長さ300mmの目盛り付きガラス管(ウエスタグレン管)に入れます
- 垂直に立てて1時間放置します
- 1時間後に赤血球と血漿が分離するので、上部の血漿層の高さ(mm)を測定します
測定結果は「mm/時間」という単位で表されます。これは1時間に赤血球が沈降した距離を表しています。
なぜ赤血球層ではなく血漿層を測定するのか?
赤い赤血球層は「完全に沈降した赤血球」と「浮遊している赤血球」が混在するため、境界が不明瞭です。一方、血漿層は赤血球の沈降に比例して増加し、境界も明確なため、より正確な測定が可能です。
検体の取り扱いに関する注意点
採取した血液は、室温保存の場合は2時間以内、4℃保存の場合は6時間以内に検査する必要があります。時間が経過すると赤血球の性状が変化し、正確な測定ができなくなるためです。
近年では自動分析装置も開発されていますが、原理的にはウエスタグレン法と同様の方法で測定されています。
ESR 赤沈検査の臨床的意義と活用法
赤血球沈降速度(ESR)検査は、その簡便さと低コストから、様々な臨床場面で活用されています。ESRの主な臨床的意義と活用法は以下の通りです。
1. 炎症性疾患のスクリーニングと経過観察
ESRは非特異的な炎症マーカーであるため、初診時のスクリーニング検査として有用です。特に原因不明の発熱や倦怠感、体重減少などの症状がある場合、潜在的な炎症性疾患の存在を示唆することがあります。
2. 慢性疾患の活動性評価と治療効果判定
関節リウマチや全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病、結核などの慢性感染症では、疾患の活動性を評価する指標として用いられます。また、治療開始後の経過観察にも有用で、ESR値の低下は治療効果の指標となります。
例えば、関節リウマチの患者さんでは、自覚症状の痛みが改善していなくても、ESR値が低下していれば、炎症自体は抑制されていると判断できることがあります。
3. 特定疾患の診断補助
いくつかの疾患では、ESRが診断基準に含まれています。
- 側頭動脈炎(巨細胞性動脈炎): ESR>50mm/時間が診断基準の一つ
- 多発性骨髄腫: 高ESR値は診断の手がかりとなる
- リウマチ性多発筋痛症: 高ESR値が特徴的
4. 悪性腫瘍のスクリーニングと経過観察
悪性腫瘍、特にホジキンリンパ腫や多発性骨髄腫では、ESRが上昇することが多く、スクリーニングや経過観察に役立ちます。
ESR検査の限界と注意点
- ESRは非特異的なマーカーであり、単独では特定の疾患を診断できません
- 貧血の影響を強く受けるため、貧血の有無を考慮した解釈が必要です
- 高齢者では生理的に高値を示すことがあります
- 妊娠中や月経中の女性でも上昇することがあります
- 病状が重症でもESRが正常値を示すことがあります(偽陰性)
ESRは、臨床症状や他の検査結果(CRP、血算、血清タンパク分画など)と併せて総合的に判断することで、その臨床的価値が最大化されます。単独での解釈には慎重さが求められます。
ESR 赤沈検査の最新トレンドとAI活用の可能性
赤血球沈降速度(ESR)検査は古典的な検査法ですが、近年の医療技術の進歩により、いくつかの新しいトレンドや可能性が生まれています。
自動化測定装置の進化
従来のウエスタグレン法は手作業による部分が多く、時間と労力を要しました。現在では完全自動化されたESR測定装置が開発され、より迅速かつ正確な測定が可能になっています。これらの装置は、少量の血液サンプルで測定でき、結果も短時間で得られるようになりました。
ポイントオブケア検査(POCT)への応用
近年、ベッドサイドや診察室で即時に結果が得られるPOCT用のESR測定装置も開発されています。これにより、患者を待たせることなく、診察中に結果を確認し、治療方針を決定することが可能になりつつあります。
AI技術との融合
人工知能(AI)技術の医療応用が進む中、ESRを含む複数の検査データを統合的に分析し、より精度の高い診断支援を行う試みが始まっています。例えば。
- パターン認識: ESRとCRPの経時的変化パターンから、特定の疾患を予測するAIモデルの開発
- リスク層別化: ESRと他の検査値、臨床情報を組み合わせて、疾患の重症度や予後を予測
- 治療反応性予測: 治療開始後のESR値の変化から、治療効果を早期に予測
新たな炎症マーカーとの比較研究
プロカルシトニンやインターロイキン-6などの新しい炎症マーカーが登場していますが、ESRはこれらと比較しても依然として臨床的価値が高いことが示されています。特に慢性炎症の評価においては、ESRの方が優れている場合もあります。
環境への配慮
従来のESR測定では、使い捨てのガラス管や化学物質を使用していましたが、環境負荷を減らすための新しい測定方法や装置の開発も進んでいます。
ESR